35. ミカクニンヒコウブッタイ

本日は休日だというのに仕事で自宅待機だ。

 

明日本公開のサイトがあるので、今日中にデバック作業をし、何かミスやエラーが見つかったら即修正するという

アパッチ的(?)な勢いなので予断を許さない。

なので、休みなのに早起きしてPCの前にがぶり寄りである。

 

しかし、人間ただ待っているだけでは生きていけない。
もちろん時間が経てばオナカの空くというもんだ。

ただ、予断を許さぬ状況であるには変わりない。
ノンビリと優雅なランチをコ洒落たオープンカフェなんかで取ってる時間なんぞはない。

つーか、そんなブルジョワ的チョイお洒落な行動を取るつもりは全く持ってないのだが。

 

まぁモノは例えだ。

兎に角、食事の時間であろうが、それ程時間をかけるような事は出来ないという意味あいで受け取って貰えばよろしい。

 

そんな訳で、手の込んだ食事を仕込み、最近趣味になりつつある料理なんぞもしてる暇はない。
いつ来るやも知れないメール等に即座に対応できなければダメなのであるから仕方がない。

そうなるとどうだ。

 

 

 

普通に考えて

インスタントだろ。常識的に。

 

 

 

 

30歳になったりもした僕は健康面、カロリー面ともに鑑みて最近は俗に言う「カップ麺」をあまり食べていない。

だが、元来ジャンクフードジャンキーの僕の家にはその昔買った「カップ麺」の類がそれこそ山のように存在している。

 

むしろ今は好都合とばかりに湯を沸かし、何ヶ月ぶりになるであろうかわからない
カップ焼きそば UFO」の封を空けて、いそいそと準備をしてしばし待つ。

 

「ほう・・・貴様、ジェット湯切りとな。随分と便利なシステムではないか。良いぞ。良きに計らえ。ホフフフフ」

 

と、今でこそ定着した「ジェット湯切り」のシステムに賛辞を送っているとヤカンがけたたましく鳴った。
どうやら湯が沸いたらしい。

 

それはそうと、普通にここまで読んで

「可哀相な人だな」

と思ってしまった読者は
明日ケガとかすればイイ。

 

 

「イヤ、わかります。わかりますよ。私もそんな休日ばかりです!」

という読者には

 

 

自分の生活を見直してみろ。
それでいいのか?と問いたい

(自分の事は棚にあげるシステム)

 

 

 

 

話が逸れてしまったが、兎に角、湯が沸いたので「UFO」に内側の線まで熱湯をブチ込む。

これで3分待てば焼いてないのに焼きそばが出来るといった画期的なシステム。

 

 

 

一体、いつ焼くんだ。

 

 

といった疑念は心にそっとしまいつつ、3分おとなしく待つ。

キッチンタイマーが3分終了の合図を鳴らす。
僕はキッチンに行き、ジェット湯切りをワハハハハと笑いながら堪能する。

 

ワハハハハハ(笑)

 

湯切りが済んだのでベリっと蓋をはがしてみると、どうだ。

 

そこには

見たこともない色のキャベツ風の野菜的物質ヘロヘロになりながら僕にこうアピールしていた。

 

 

 

野菜 「・・・もう遅いっスよ・・・。なんでもうチョイ早く湯を入れてくんなかったんスか・・・」

 

僕は慌てて破り捨てた外装フィルムをゴミ箱から取り出した。

そこにはこう刻印がなされていた。

 

 

 

 

 

『賞味期限 06 10 16』

 

 

 

 

 

なんてこった。

軽く1ヶ月以上の賞味期限切れである。

 

尚も野菜的なアレは言う。

 

 

「インスタントっつったって缶詰じゃないんスから・・・そんなに持つもんじゃな

僕は有無を言わさずスゴイ勢いでゴミ箱にUFOを突っ込んでやった。

 

ゴミ箱からはホカホカと湯気が立っているのが少しシュールだった。

 

 

1週間ほどの賞味期限切れならば平気で完食する胃袋の持ち主を自負する僕だが、
1ヶ月賞味期限が切れた「チキンラーメン」を食し、その即効性の食あたり攻撃に完敗した経験のある僕だ。
同じ轍を踏む訳にはいかない。

何故なら僕はもう30歳なのだから。大人なのだから。

 

まずは冷静になれ。

 

 

湯の残り状況。

 

よし、完璧だ。
2個小隊のインスタント部隊を相手にするだけの物資は確保できる。

 

 

 

敵勢力の残存兵力。

 

かなりの数の兵力がある。
敵、インスタント領の陣地にはこれでもかと兵が配置されている。

 

これだけの兵力があれば、今、僕が最も食したい「カップ焼きそば」も確実に存在するであろう。
既に一度、制圧までもって行きそうになっただけあり、僕の胃は「カップ焼きそば」以外は受け付けない状態になっている。

 

胃の方も予断を許さぬこの状況下で、一人叫ぶ部下が居た。

 

「隊長!大変であります!」

 

どうした軍曹。的確に状況のみを報告せよ。

 

軍曹 「そ、それが・・・敵軍の中にカップ焼きそばが居るにはいるんですが・・・」

 

なんだ?問題でも?

 

 

 

 

軍曹 「・・・・・日本製では・・・ありません!」

 

 

 

 

 

何!?

 

一体どうしたというのだ?全く持って前代未聞だ。

何故、我が家に『日本製でないインスタント食品』があるのだ。

ここは日本だ。
で、あるならば日本製しか買えないでないか。
もちろん例外はある。
しかし、僕は海外モノは大概をもって大味なのを知っているので、あえて手を出すことはない。
皆無であるといっても過言ではない。

 

では、何故、海外モノのインスタント製品がここにあるのか?

軍曹!それは何処産だ!

 

 

 

軍曹「ハ!どうやらこれは・・・・・判明しました隊長。

 

 

チベット産であります!!

チベット現地で販売されているタイプのようであります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、アレだ。
相方が土産で買ってきたヤツだ。

 

 

 

そう。我が相方がチベットにひょんな事から旅行に行き、土産として買ってきた代物だった。
あっさり問題は解決したのだが、その直後、新たな問題が浮上してきた。

 

 

 

 

 

 

コレ、食うの?今?

 

 

 

前述のように、基本海外モノにイイ心情を抱いていない僕なので、流石に躊躇してしまう。

貰ったのもスッカリ忘れてしまっていたぐらいの代物だ。

それを今、正に食そうかと言うのだから腰が引けるのは言うまでもない。

しかし、我が胃は完全に「カップ焼きそば」を求めている。

それ以外は受け付けないとばかりに、真っ赤に燃える。
お湯を入れろと轟き叫ぶ。

 

かなり爆熱ラブラブである。

 

 

 

 

僕は決心した。

今、食わねばいつ食うのか。と。

 

 

見たことのあるパッケージなのだが、それはいつもと何処が違う。

少し異国の味わいを持った「カップ焼きそば UFO」の封印を解く。

 

中には普通「カップ焼きそば」に付き物である「液体ソース」、もしくは「粉末ソース」があるものとの常識的考えをいきなり打破する

 

 

中には特制醤制醤(原文ママ)といった謎の小袋が。

 

 

 

 

 

 

 

制』て。

 

 

 

 

 

 

『かやく』も日本製とは一線を画す内容で、結構な勢いで
見たことない色の物質混入されている。

 

 

 

 

非常に不安で一杯だ。

 

 

だが、ここまできたらもう後には戻れない。

僕は意を決して異国の「UFO」に湯を注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

アレ?なんでだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すでに嗅いだ事のない匂いがキッチンを充満してるよ。

 

 

 

 

 

その後の3分間は地獄とも言えるし、ある意味で天国とも言える。

一体、どんなモノが出来上がるのか。

チベットは一体、どんなモノを僕にお見舞いしてくれようとしているのか。

確実に戦死するんだろうな。この匂いったら。

でも、物凄いうまかったらどうしよう。

 

そんな事を考えながら過ごした何時間とも思える180秒間。

僕はずっと、「チベット産UFO」の中に入っていた

 

取扱説明書を眺めながら考えていた。

 

 

取説(封入)

 

おそらく僕は今、工程で言えば2の段階であろう。

文字は読めないが、通常の通過儀礼である「3分待ち」の体勢である。

 

そしてこの後、僕は3の工程に入る。

文字は読めないが、通常であれば「湯切り」に入る段階だ。

流石に「ジェット湯切り」はチベットまで浸透してない模様で、昔ながらの3点凸形方式という伝統を保っている。

だが、カップ自体の成形がかなり適当で、素材も相当弱い。
蓋は綺麗に締まらないし、例の「3点凸形」も持ち上げにかなり苦労した。

一番の不安要素は、カップの底が湯の温度でベコンベコンにたわみ、やわらかい点にある。

もうこの段階で持つのが困難なくらい熱を全てに放射している。

 

そんな事もあっての3工程についての注意点なのであろうか。

文字はさっぱり何がかいてあるのかわからないが、気になる点がひとつだけある。

 

小心熱水

多角形で囲まれ、強調している文章に

小心熱水

とある。

 

これはおそらく、「小心者はうまくここから熱い水(熱湯)を捨てられないんじゃね?」と言っていると思うのである。

 

捨てられない = あらぬ方向へ熱湯撒き散らす

 

 

 

どう考えても大惨事になる事は必至だ。

 

 

「そんな事、ある訳ないじゃん」と思った沈着冷静な読者に問いたい。

 

 

アンタはこの

チベット式UFO持った事があんのかい?と。

 

 

湯を注ぐ事により、最初から不安定であった外装パックが、更に不安定になる。
底がベコンベコン薄っぺらいプラスティック的な何かで覆われたこの物体

持った事がオマエにはあんのかい?と。

 

 

ハッキリ言おう。

僕はこの時点で、

 

完全に負けを認めた。

 

 

うまく湯を捨てる自信がまるでない。

 

 

小心者と笑うがいいさ。

あぁ、僕は小心者さ。

湯の一つも捨てられないどうしようもない小心者さ。

 

僕は『熱い鍋とかを触っても大丈夫な手袋風なアレ』を両の手に装着し、チベットに挑んだ。

熱くはない。

だが、ここで決戦を急いで、
内容物がシンクにドッパァとスコールのように降り注ぐ、例の無言になってしまう哀しい状況
になってしまっては元も子もない。

慎重かつ冷静に事を運ぶ。

 

心境は正に爆弾処理班のそれだ。

 

 

 

充分に時間をとり、無事に爆処理を行った僕は薄っぺらい上蓋を引っぺがす。

湯気と共に嗅覚を襲う謎の臭気。

 

一瞬、爆処理に失敗し、毒ガス爆弾炸裂してしまったのかと思ったが、どうやらそれは違うらしい。

 

内容物の臭気であるのだ。

 

何かの既視感かと思い、ソレを覆っていた外装フィルムをゴミ箱から取り出し見てみるが、特に賞味期限が切れている訳ではなさそうだ。

となると、この一種独特な臭気は彼そのものの臭気と考えて良さそうだ。

 

普通に考えて、この時点で挫けそうな僕ではあったが
テーブルに二つ仲良く並んだ特制醤秘制醤二兄弟の存在に一縷の望みを託し、封を切った。

 

 

 

 

 

まるで催涙弾のように僕の目を重点的に襲う刺激臭

 

 

イヤ、刺激臭というよりは、「今まで体験したことのない刺激臭という方が厳密であろう。

僕は耐えた。
その先に何があるのかは薄っすらと見え初めていたが、僕は耐えた。

 

付属していた簡易フォークでゲル状の二種の「醤」を混ぜ合わす。

 

 

全く持って混ぜあう気配を見せないため、スゴイ勢いで円を描く様にグルングルン混ぜ合わす。

 

 

時折、僕の鼻を付く臭気劇物のそれ以外の何物でもない。

 

 

 

 

そして、「ヤツ」は完成した。

 

 

「ヤツ」

 

一見、普通に見えるかもしれないが、実際はやたらと色がドス黒い。

そして、やけに麺が細い。というか妙に貧弱。

既に言うまでもなかろうが、匂いは僕の鼻腔を猛烈な勢いで攻め抜く「劇物」。

 

 

現在のweb、いや、ネットの技術はかなり進行していて、以前では考えられない事を現実のモノとして実現してきている。
既に現段階において、これまでの技術の蓄積の応用で大概のことが賄えるまでレベルはアップしてるのはスゴイ事だ。

しかし、『匂い』はまだ現段階ではネットに載せて発信する事はできない。

 

それが残念である。

 

今より少し未来であれば、「匂いはコチラ」みたいなボタンを設置し、読者のPCに接続されている
『匂いスピーカー』からチベットの香りを発信できたのだが、今は想像してくれとしか言いようがない。

 

兎に角、

恐ろしいまでの臭気なのである。

 

 

 

 

 

 

僕は正座をした。

 

チベットに敬意を表す為、厳粛な態度で挑もうと思った。

そうだ。これは一種の礼拝なのだ。

僕は遠い、まだ見ぬチベットの山々に向き合っているのである。

 

高名な霊山、チベットのとある山。

その意思を継ぐであろうこの日本からの逆輸入品『カップ焼きそば』に僕は、付属していたフォークでもってその岩肌に最初の一歩を刻み付けた。

これを口に運び、内容物が胃に納まるとき、僕は一つの真理を得る事ができるのであろう。

興奮の中、恐れ多くも口という人間が持つ最も大きな空洞に「真理」を放り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、

ゴミ箱から2個分の「カップ焼きそば」が放つ湯気が
もうもうと立ち込めるその状況はシュール以外の何物でもなかった。

 

 

 

その後、「赤いきつね」を貪るように食べた。

 

 

 

 

久しぶりに食べ物で飛び上がるほどビックリした30歳の冬。

 

 

 

 

 

 

 

 

二度と思い出したくないんです。
(トラウマ)

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