4. ホヤホヤキキイッパツ

何の変哲もない夕食時。

「ただいまー。」

何の変哲もない父の帰宅。

誰も何の返事も返さない。

 

もし自分が一家の主で疲れて帰ったのに「ただいまー」、「おかえりー」がない家庭だったならばきっと、
風呂で泣いてしまう事であろう。

 

しかし、家に於ける「ただいま」、「おかえり」はちと訳が違う。

「ただいまー」の声につい気を許してしまい、

「おかえりー」等と言ってしまったら、

 

「いってきまーす。」(極寒)

 

と言われるのが目に見えている。

 

しかも、レッドカード寸前の笑顔でだ。

 

そう言われたからにはやはり

 

「いってらっしゃーい」

 

と言わなければなるまい。

言いたくないのだが、「おかえりー」と言ってしまった以上、もう引き返せないのだ!

 

別バージョンとして、先に「いってらっしゃーい」といわれた日には

「いってきまーす」と言わなければなるまい!

 

別に出かける予定がないとしても!

 

そんな病んでいる父親の遺伝子を受け継ぐ僕はきっと、
愛すべき妻を持ち、目に入れても痛くない子を持っても同じ事をしてしまうだろう。

 

ブッチギリの笑顔で。

 

 

以上の理由により、我が家には何の変哲もない、ごく普通の夕食時であった。

ただいつもと様子が違うのは、父の手に何かがぶら下がっている事だけだった。

 

茶色っぽい小さな毛の固まり玉。(一般的には毛玉。)

 

母と僕は食事の手を止め、父の手にこびりつい た小さな茶色っぽい毛の固まり玉をしばし見つめた。

動いている。何か必死に動いている。

もしかしてそれは生き物なのかい?!

と言う目で父を見上げると彼は言うまでもなく

 

レッドの笑顔であった。

 

ここで母がシビレを切らし、

「何!それは!?」と言うや否やそれは床に落ちた。

 

どうやらそれは新品ホヤホヤの猫であるらしかった。

それの正体がわかった瞬間の僕の目はハート型だったことだろう。

 

イヤーン!これが猫だというの?!

猫ってこんなにグリンピースみたいに小くて可愛い動物なの?

って感じだ。

 

しかし母は違った。

 

「こんなの家じゃ飼えないでしょ!!!」

 

心がときめく前に「家はアパートだし世話はだれがすんの?!早く返してらっしゃい!!」という
シャレにならないくらい感情マル出しな叫びがときめいた僕の心を現実世界に引き戻した。

 

確かに家は借家だ。

きっとペットを飼う事なんか許されてはいないだろう。(現実にそう。)

しかも父は朝から晩まで仕事で家にはいない。

僕は僕で仕事や遊びで家にいる事はあまりない。

結論からして母がこのホヤホヤの猫の面倒を見る事になる。

先程の叫びを聞いたかぎりでは母はきっと、猫がキライと見受けられた。

 

これはイカン!

 

 

ホヤホヤくん(仮)があぶない!!

 

もしかしたら最悪生ゴミ扱いかもしれん!

 

父のホヤホヤくん持ち込みの経緯を聞けば、
知り合いの飼い猫が子猫を生んだので見に来る?と言われ見に行った所、
あまりにも可愛いらしく目がハートになっていたら、
目も開いて間もない子猫なので好きな子がいたら譲る、と言われたので
圧倒的に可愛らしい子を貰ってきたのだという。

たしかに父の目はフシアナではないようだ。

彼が人間なら

 

ジャニーさんもメロメロであろう。

(すでに親バカ)

 

こんな弱々しく、ホヤホヤな猫を見殺しに出来ようか!!

 

僕 「とりあえずさあ、時間も時間だし今日の所は家で預かって
それでも納得いかなかったら仕様がないから親元に戻せばいいんじゃない?」

 

母 「ダメよ!!情が移るじゃない!」

 

僕 「(情が移る作戦なのだが)いや、今日だけだって。
明日どうするかちゃんと決めようよ。」

 

母 「・・・・」

 

何とかホヤホヤくんの「親元へまっしぐら」モードはギリギリで踏みとどまったようだ。

その時、ホヤホヤくんが何かソワソワモジモジしている事に気付いた父が

「何だあ?トイレか?トイレならあそこにあるぞお。」

と玄関を指差す。

 

いつの間に買ってきたんやねん!!

(関西ツッコミ)

 

飼う気マンマンの父は猫のトイレ(砂付)をすでに玄関に配置していた。

ホヤホヤくんは指差されたトイレに

 

戸惑いながらもまっしぐら。

 

なかなか頭の良い猫のようだ。

ナイスアピールだ。

これはキチンとしつければ言うことを聞くし容姿も可愛らしい。

飼ってもいいかもと思わせるには充分のアピールであった。

 

実際、母は返す言葉を失い、その日は家で夜を共にするのであった。

 

 

 

翌朝。

ホヤホヤくんにとって運命の日。

 

朝一番に僕が目にした物は、

 

 

母に抱きかかえられたホヤホヤくんの姿だった。

 

 

母は実際の所、猫大好き人間であったらしい。

しかし、僕が生まれてくる前に飼っていた猫(二匹)にあっさりと逃げられ(二匹)恩を仇で返された経験もあったり、
実姉が可愛がっていた猫が死んでしまい散々悲しい思いをしたという話を聞いていたりで、
飼うには至らないという事だったらしい。

 

アパートのペット事情など頭にはなかったようだ。
(その後7年経った現在でも管理人にはナイショである)

 

激動の一日を経てホヤホヤくんは晴れて家族の一員となったのであった。

 

 

その後、彼は

 

トイレを外でしたいと泣き叫び、

水を飲んではくしゃみをし、

すぐ風邪をひき、

ケンカが弱いくせに相手にふっかけボロボロになって帰ってくる等

 

 

 

ノビ太くんのような猫に成長しました。

 

 

 

 

しかし母はメロメロです。(笑)

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